夏彩憂歌

空はいつしか紫色に染まっていた。

風が二人を包む。

「文月、あのな?」

慶兄さんはゆっくり話し始めた。

小さい頃から親友だった近所の久雄が19歳になってすぐ徴兵されたこと。

人手不足のせいで大した訓練も受けないまま戦場に送り出され、出陣して3ヶ月後には亡くなってしまったこと。

「久雄の本当の夢は専門学校に行くことやった。やけど、お金の問題と、あと……大学生や専門学校学徒に徴兵猶予が停止されたもんでな、断念せざるを得んかったんや」

慶兄さんは、誰よりも久雄のことを理解していた。
だからこそ、いてもたってもいられなかったのだろう。

気持ちは、分かる。

でも……

"行かんといて"

口に出して言えたらどんなにいいか。


「お国のためやの?」

慶兄さんは真剣な瞳を私に向けた。

「文月。俺と、お前だけやで?」

そう言うと慶兄さんは少し小さい声で、しかしはっきり言った。

「俺は、国のためとかそんなのくそくらえや」

そして優しく微笑んだ。

「天皇が神やなんて、信じるんやない。文月、今のこの世界ん中では、家族以外もう誰も信じるな」

私は強く頷いた。

「全部洗脳やで?天皇陛下の為に死ねる奴なんておらん」