夏彩憂歌

『おいもは大切な主食物!

これまで おかずや おやつとして 食べて来た おいもは お米に負けない 大切な主食物です
私たちは ごはんはお米 といふ考へ方をすて さつまいもや じゃがいもを ごはんにまぜて たべませう』

「何これ……」

「文月、後ろ。最後んとこ、見てみ」

慶兄さんに言われて私は視線を移す。

『今は にくい 敵 米英に 戦ひ抜き 勝ち抜かねばならぬ 決戦のときです』

にくい敵、米英。

「本当やろか?」

慶兄さんは重々しい表情で呟く。

「本当に、米英は憎い敵なんやろか?同じ人間のはずやのに……」

戦況の悪化に伴い、政府は新聞・雑誌などにアメリカを「米利犬(めりけん)」、イギリスを「暗愚魯(あんぐろ)」と表現させ、また「鬼畜米英」と書かせて国民の戦意高揚を図っていた。

当時から、慶兄さんはいつも言っていた。

同じ人間なのに。

私も、同じ思いでいた。

いつ、いつ戦争は終わるんだろう?

兄さん達を、早く返して?

どうか、どうか生きて帰ってきて?

また山菜を採りに行こう?

川に泳ぎに行くのもいいよね?

ねえ、秋兄さん、昭彦兄さん、またみんなで楽しく、笑おうよ?


平和な時は続かない。

身を持って知って、だけれどその闇の中で、どうかどうか、今隣にいる慶兄さんの手だけは、離したくないと強く強く願っていた。