夏彩憂歌

「くそっ……なんで秋平がっ」

そこで私はすべてを悟った。

松兄さんが手に握っていた紙。

赤色の、いや、薄い桃色のような、半紙みたいにぺらぺらな紙。

……赤紙だ。

じゃあ、秋兄さんは?徴兵された…ってこと?

松兄さんは赤紙を乱暴に置くと、私を思い切り抱きしめた。

痛いくらい、強く、強く抱きしめた。

松兄さんの涙が零れて、私の首筋を伝った。

それはぞっとするほど冷たかった。

「松兄さん……」

秋兄さんはこの年、20歳になったばかりだった。
ちょうど、徴兵令が適応される年。

――当時は、この召集令状より強い力を持つものはなかった。
赤紙こそ絶対の力を持った命令書で、どんな力を持ってしても、これに背くことはできなかったのだ。

「俺はっ……あいつより年上なのに…っ」

松兄さんの手の力が緩むことは無かった。

「農家の長男ってだけで、俺は免除なんだよ……」

苦しそうに、途切れ途切れ息をする松兄さんの涙は、なかなか止まらなかった。