夏彩憂歌

父の叔父が私たち家族を自分たちの田舎に呼んでくれたのは、数年後には必ず戦争が激化すると考えていたからだった。

その予想は見事に的中し、私は安全な場所で守られていることを実感する毎日だった。

学校へ行き、帰ってきたら裁縫をし、畑仕事を手伝い、山菜を採り……

優しい家族たちと、そして何より慶兄さんがそばにいた私は、とても満たされていた。

だからこそ、この平和が簡単に崩れてしまうなんて思ってもいなかった。


1941年4月、小学校は改称し国民学校となった。

その翌年。1942年、私が11歳のとき。

その国民学校では軍事訓練が始まった。
学童も戦時体制に組み入れられたのだ。


少しずつ少しずつ不利になる戦局を、日本は必死に隠していた。



「ただいまぁ」

いつものように玄関を開けようとすると、縁側に兄の姿が見えた。

一番上の兄、松彦。

頭を抱えて、肩を震わせている。

私は静かに近づき、ぴたりと足を止めた。

「……まつにいさ」

言い終わらないうちに松兄さんは顔を上げた。

頬が涙で濡れている。

生まれて初めて長兄の涙を見た私は、何か重大なことがあったのだと直感した。

「ふづき…こっち、おいで」

私は素直に松兄さんのもとへ近づいた。

「秋平が……」

秋兄さんが、どうしたの……?

声にならない言葉が胸の中に渦巻いて、何も分からないのに涙がこみ上げた。