夏彩憂歌

そんな風に、私は山奥の田舎で幸せに成長していった。

ただ、戦争はどんどん激化しているようだった。

真空管4本を使った並4ラジオから雑音のように届けられる音声で、10歳になった私は、自分の生活がどれだけ幸せなのかを知るようになった。

幸せ、とは言ってもやっぱり食糧はなくて。

ある日、並べた新聞紙に真っ白い米を広げて天日干しにしている家の前を母に手を引かれて通りかかった。

いつものようにお腹を空かせていた私はそれを見て、ご飯が食べたいと言った。

母は家から大切にしていた着物をもってその家を訪ね、深々と頭を下げた。

「この着物とお米を交換していただけないでしょうか」

その着物は、母が一番気に入っていた着物だった。

私は、自分が望んだ白いお米を食べるときになってようやくその事実を知って愕然とした。

夜、布団に入ってから涙が止まらなかった。

もう少し私に分別があったら、あの着物を着た母を何度も見れただろうに。

自分が情けなくてたまらなかった。