春が過ぎ、新緑が生き生きと生い茂る季節。フェイレイがギルドの剣士養成学校編入試験を受けに行く日がやってきた。

「フェイ、がんばってね……」

 フェイレイの服の袖口をちょんと摘み、リディルが言う。その表情には不安が現れていた。

「うん、満点取ってくるね!」

 リディルの頭を優しく撫で、フェイレイは安心させるように明るい笑顔を見せる。

「……早く、帰ってきてね……」

「うん、早く終わらせるよ!」

「……気をつけて……」

「うん、大丈夫、母さんと一緒だから!」

「……フェイ……」

「リディルも大丈夫、父さんと一緒だから!」

「……」

 リディルは小刻みに震え、しかし唇を噛み締めて涙を流すのを堪えている。あまりにも強く噛み締めるので、桜色の唇が切れて血が出そうだ。それを見てフェイレイはリディルを抱きしめた。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるからね」

「……うん」

「俺の帰ってくる場所はリディルだからね」

「……うん」

「リディル、大好きだからね」

「……うん」

 強く抱きしめ合いながらそんな会話をする二人。これではまるで、別れを惜しむ恋人同士──というより。

「あれは……俺たちの真似をしているのかなぁ」

「くっ、物覚えは悪いくせに、ああいうことだけは覚えているのだなっ……」

 ランスは苦笑し、アリアは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 フェイレイが言った台詞は、もう少し若かった頃に夫婦が交わしたものと酷似していた。傭兵として働いていたらいつ命を失うか分からない。その覚悟はあっても、それでもお互いを失いたくなかったのだ。今でもその気持ちに変わりはないが、昔は若かった……ということだ。


「フェイ、そろそろ行くぞ」

「はーい。じゃあね、リディル、明日の夜に帰ってくるよ」

「……行って、らっしゃい……」

 膨れ上がる涙を零すまいと、必死に耐えるリディルの手をランスが繋いでやり、フェイレイはアリアと手を繋ぎ、反対側の手を大きく振りながら飛行艇発着所となっている丘の上へ歩いていった。