「フェイは?」

 驚く連絡係に構わず、アリアは訊く。

「は、はい。良く眠っておりますよ。頑張って起きていたんですけれどね。さすがにこの時間ですと……」

 玄関を入ってすぐの扉を開けると、ソファの上で毛布を被って眠る小さな息子の姿が見えた。それに目を細め、ほう、と溜息を零す。

「そうか。もう夜が明ける時間だものな……」

 ゴウゴウと音を立てる外を見やり沈黙したアリアは、すぐに顔を引き締めた。

「皆、どこまで撤退している?」

「はい、先程、テーゼ川の橋を通過したとの連絡が入りました。間もなくミスケープに入るのではないかと。指揮はガルーダ副官がとっています」

「班長ならうまくやるな。村人も一緒だな?」

 副官であるガルーダを『班長』と呼ぶのは、昔ガルーダとパーティを組んでいた頃、彼が班長だったため、未だにその呼び方が抜けていないからだった。ギルドではそういうところの規律が国防軍ほど厳しくないし、本人から苦情を言われることもないので、そのままになっている。

「はい。ですがあと数人、村人が残っているらしくて。今、自警団の皆さんが見回っているところです」

「そうか。では先に戻ってガルーダ班長と合流し、魔族が山を越えてくるのは早くても明日の昼になるだろうと伝えろ。数は目測で五百。私たちは自警団とともに全員の避難を確認してからミスケープへと向かう」

「分かりました。ではランス殿、くれぐれも隊長のことをよろしくお願いします。ランス殿やフェイレイくんが一緒であれば、隊長も無理はなさらないと思いますが……」

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと連れて行くからね」

 ランスは眠っているフェイレイの頭を撫でながら言う。

「くれぐれも、くれぐれもよろしくお願いします」

「しつこいぞ、早く行け」

「はい。では失礼致します」

 笑みを噛み殺した連絡係の女性が家を出ていった後、2人は泥に塗れた体を洗い流すことにした。
 
 雨に濡れて冷え切った体を温めるためにゆっくりお湯に浸かりたいところだが、魔族が迫っている状況ではそうも言っていられず、すぐに着替えてリビングに戻ってくる。