グリフィノー家はガルガンデ山脈の山裾に広がる森を抜けた先の、緩やかな丘陵の上にポツンと立っている。すでにこの世にはいないランスの両親が残してくれた、古ぼけた木造の二階建てだ。

 坂の下にはランスが村人たちと一緒に管理している穀物畑が広がり、もう少しすると見事な黄金色の絨毯が見られるようになる。

 その先にはテーゼ川へと続く支流の小川があり、穀物をひくための水車がいくつか並んでいた。更にその先には木造の古い家が間を置いて並ぶ。食事時になれば高い煙突から煙が上がり、おいしそうな匂いが通りまで漂う。

 ここは、そんな長閑な村だ。

 辺境の地にあるため、魔族に襲われやすいということを除けば、気立ての良い村人たちの笑顔溢れる、土壌の肥えた住みよい村。

 なのに今、この村は厄災に見舞われようとしている。

 開戦からしばらくして天候が荒れ始め、あちこちで土砂崩れが発生。その時点で家を離れて避難をしている村人は多かったが、今回は更に遠くまで避難してもらわなければならない。ガルガンデ山脈を超えられたら、魔族は一気にこの村に雪崩れ込んでくる。

 この天候に、魔族の進軍。

 土地が荒れるのは明白で、村人たちは一様に、村を捨てる覚悟をして避難している。




 小ぢんまりとした二階建ての古い木造の家には、一階にだけ明かりが灯っていた。

 庭にある大木の枝が、暴風を受けて今にも折れそうにしなっている。まるで台風だな、と思いながらアリアはランスに続いて家の中へ入っていく。

「隊長、ご無事でしたか」

 玄関で迎えてくれたのはアリアが指揮する小隊の連絡係の女性だった。ランスから彼女にフェイレイを預けてきたと聞いていたので、アリアもその礼を言う。

「世話をかけたな」

「いいえ、フェイレイくんはとても聞き分けの良いお子さんですから、なにも大変なことはありませんでした。ランス殿、ありがとうございます。私どもでは隊長を止めることは出来なくて……」

「ははは、じゃじゃ馬だからね、アリアは」

「じゃじゃ馬、ですか……」

 眼鏡をかけた連絡係は、鬼のような隊長がそう揶揄されることに驚きを顕にする。

「黙れランス」

 アリアはふくれっ面で素早くランスの頬を拳で殴りつける。それでもランスはにこにこ笑顔を崩さない。連絡係はますます目を丸くした。