それからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 アリアやランスに懐いたおかげもあるのか、表情の変化は乏しいものの、それでも目に見えて態度が軟化していくのが分かった。そうなると近隣の大人たちにも挨拶が出来るようになるのもあっという間だ。

 フェイレイと毎日手を繋いで外を歩き回っているおかげで食欲も増え、顔色も良くなり……見守る親としてはその成長が嬉しかった。

 そして、春を待たずに声を出すことが出来るようになった。

「父さん! 父さん! リディルが俺のこと『フェイ』って言った! すっごいかわいい声!」

 いつものように外で歩き回っていたフェイレイが、大騒ぎでリディルの手を引いて家に戻ってきた。その顔や手足は傷だらけで、体も草だらけだった。

「ねぇ父さん聞いてる? リディルが!」

「うん、分かったから落ち着いて。その怪我はどうしたんだい?」

 息子の言っていることも気になるが、父としてはその怪我も気になるところ。大興奮のフェイレイを手で制しながら、怪我の原因を訊ねてみる。すると、フェイレイの影からリディルが顔を出した。いつも無表情だったその顔には、不安の色が浮かんでいる。

「フェイ、おち、た。けが、だいじょう、ぶ?」

 今にも消えそうに細い声で、必死に訴えるリディル。

「こんなの平気だよ、えへへっ」

 なんて言ってみせるものの、傷口を水で洗ってやると顔をしかめて涙目になった。それでもリディルに涙を見せまいとしているのか、引きつった笑みを浮かべる。そしてリディルは「だいじょうぶ?」と訊くのだ。

 ランスはその光景を見て、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 発見から半年。ようやく耳にすることが出来た掠れた小さな声は、リディルの心の傷が確実に癒されていると知らせてくれていたからだ。

「どこから落ちたんだい?」

 救急箱を取り出しながらも、ランスは笑顔だ。

「木の、うえ。小鳥が、したに、おち、てて……フェイ、巣に戻そうと、した、の」

 辿たどしい口調で懸命に伝えてくれるリディルに何度も頷きながら、ランスは傷だらけの息子の手当てをした。