あのハニーブラウンの長い髪の娘が、自分のために用意された部屋を見て、綺麗な翡翠色の瞳を輝かせているところを想像すると、ますますやる気が湧いてくる。

 今はまだ表情が動くことはないし、声を出すこともない。

 けれどいつかは心の病を治し、にっこりと微笑む日も来るだろう。

 そして言うのだ。自分たちに信頼と愛情の篭った目を向けながら、「父さん、母さん、今日まで育ててくれて、ありがとう……」と。

「……ランス」

 その妄想の途中、アリアが眉根を寄せた。

「なあ。もし、このまま星府に見つからずに平和に過ごせたとしたら。いずれは嫁にも出してやらねばならんのだな」

「うん? そうだね。大金持ちでなくてもいいから、幸せにしてくれる良い青年のもとに嫁がせたいね」

 言いながら、ランスも成長した眠り姫の姿を想像する。そしてアリアと同じような妄想をして、少し喉の奥を熱くしてしまう。

 この数か月見守り続けてきた眠り姫に、情が湧いてきている証拠だった。

 そしてそれは、今のところアリアの方が上回っているようで。

「そうか……そうだよな。娘は嫁にやるものだ。いずれは私の元から去ってしまうのだな……」

 アリアは暗い顔でそう呟く。

 今は7歳の娘だが、あと十年もすれば立派な成人。そうすれば独り立ちしてしまう。いや、その前に結婚して他家に嫁ぐことだってあるだろう。手塩にかけて育てた娘が自分の元を離れていく様を思い浮かべ、涙がこみ上げてきた。

 この世の終わりが来るような落胆を見せる妻に、ランスは苦笑した。そして、妙案が思い浮かんだ。

「そうだ。フェイと結婚させればいいじゃないか」

 ぱあっと明るい笑顔でそう言うランスに、アリアは一瞬目を丸くした後、眉を潜めた。

「いかん。あんな馬鹿息子に皇女殿下のお相手など務まるか!」

「皇女ってことは隠さないと」

 買い物客で賑わう店内だ。ランスは辺りを伺いながらそっと人差し指を唇に当てる。それを見て、慌ててアリアも口を噤む。