「うおおおおおおっ!」

 勇ましい雄叫びとともに矢を振り払うアリア。

 しかしそこに、殺伐としたこの場には似つかわしくない、柔らかな男性の声が聞こえてきた。

「ここまでだよ、アリア」

 同時にぐいっと手を引かれ、雨水の流れる岩肌に背中を押し付けられた。

 体のすぐ脇に無数の矢が突き刺さる。その中に、その矢尻を弾く高い金属音が混じった。

「──ランス!」

 声の主はランス=グリフィノー。

 金色の髪と優しげな空色の瞳をした、大剣を背負った大柄な剣士だ。ガルガンデ山脈の山裾にあるアストラ村の自警団団長であり、アリアの夫。

 ランスは背に背負っている大剣で弓矢からアリアを守っていた。

「よし、次が来ないうちに行こう」

 ランスはひょい、とアリアの体を肩に担ぐと、下りてきた山を上り始めた。

「待て、私は退かぬ! このまま魔族と戦う!」

「駄目だよ」

 山の傾斜も濡れる足元も気にならないほどのスピードで、ランスは山を駆け上がる。

「精霊たちに教えてもらったよ。君がみんなの制止を無視して突っ込んでいったと。撤退命令が出ているのに」

「当たり前だ。私はこの山を越えさせないためにここに来たんだ。なのに見逃せというのか」

「数が多すぎる。この状況では撤退せざるを得ない」

「私なら戦力を半分に削れる!」

「その命と引き換えにかい?」

 ひゅっと空気が鳴いた。

 ランスは素早く身を伏せ、アリアを下にして剣を掲げる。大剣はまた飛んできた無数の矢を防いでくれた。

「当たり前だ。今命をかけなくてどうする!」

「たとえ半分にしても進軍は止められない。だったらこちらも態勢を整えて出直すべきだ。ホルストにいるアイザック将軍が魔族軍を退けた。直にミスケープまで戻ってくるだろう。それと合流すれば」

「馬鹿を言うな、そこまで退いたらアストラはどうなる!」

 食ってかかるアリアに、ランスは空色の瞳を細めた。

「村人は、ミスケープに避難させている。皆、村を捨てる覚悟だ」

 その言葉に、アリアは深海色の瞳を見開いた。

「ランス……!」

「テーゼ川の水嵩が増している。このままでは堤防が決壊し、橋も落ちてしまう。そこで魔族軍に襲われては村人に逃げ場はない」

「だから私がここで!」

「ガルーダ班長に村人の誘導を頼んだからね。班長から伝言だ。すぐに戻れと」

「戻らない! 私が村へは進軍させない!」

「アリア」

ランスは泥だらけになったアリアの頬を撫で、優しく微笑む。

「ここは君の死に場所じゃない」

「お前にそれを決める権利はない。放せ、これは命令だ」

「その命令には従えないな。俺はもう、ギルドの人間じゃない。君の身を心配する、ただの夫なんだ」

 そう言い、弓が途絶えた隙にランスはまたアリアを抱えて走り出す。