眠り姫をグリフィノー家で引き取りたい。

 その話を聞いたエインズワース夫妻は、初めは渋っていた。

 皇女を護るのは自分たちであるという忠誠心や責任感があり、アリアやランス、そしてセルティア国に迷惑をかけるわけにはいかないという心苦しさもある。

 この国は建国二百年ほどの新興国家で、皇家と古くから繋がりがあるわけではない。そこそこの大国ではあるが、大陸を蹂躙するほど大きな権力を持つでもなく、政治が安定していて、穏やかな気風の国。だからこそ始めの逃亡地として選ばれた国だ。

 何の関係もない、ただ通り過ぎるだけの国に、長く留まることは出来ない。

 けれど。


「姫……」

 目を覚ました眠り姫と対面したビアンカは、困惑に青い瞳を揺らしていた。

 眠り姫は病室に入ってきた長い水色の髪をした長身の男と金髪の女性を見るなり、ベッドから降りて逃げ出そうとした。初めて対面する相手には大抵この反応なのだが、以前の眠り姫を知る夫妻は酷く動揺した。

「姫、私がお分かりになりませんか?」

 逃げる眠り姫を追いかけていったビアンカは、床に膝をつき、不安げな顔でそう訊ねた。眠り姫は震えながら首を振り、後退りしていく。

 その途中、まだ回復しきっていない足の力が抜けてしまい、尻餅をついてしまった。

 それを助け起こそうと近づいたオズウェルに顔を引きつらせ、四つん這いのままで逃げていこうとする。

「待って、だいじょぶ、だいじょぶだよー!」

 見かねたフェイレイが眠り姫に駆け寄ると、眠り姫は彼にしがみついた。「大丈夫」だと何度も言いながら、フェイレイはその背を優しく撫でてやる。

 それ以降は、夫妻が何を言っても眠り姫は反応しなかった。




 病室を出てきたエインズワース夫妻は顔色を悪くし、項垂れる。

「なんてことでしょう……。花のように愛らしく笑う、とても快活なお方でしたのに。どれほど心に傷をっ……!」

 ビアンカの目には涙が滲んでいる。

「確かに、今の状態では姫がおかわいそうだ。……また日を改めて訪ねてみよう。ランス殿、アリア殿、姫をよろしくお願いします」

 オズウェルはそう言い、それから何度も眠り姫を訪れ、会話を試みた。

 眠り姫は初対面のときほど怯えなくはなったが、時が経っても心を開いてくれる様子はなかった。