空よりも高く 海よりも深く

「フェイ、ちょっと静かにしろ」

 明るい子どもの声にかぶさるように聞こえてきた低めの女性の声に、眠り姫はビクリと身体を震わす。

「姫?」

 アリアの声に、ゆっくりと視線を動かした眠り姫は、彼女に怯えたような表情を見せた。

「ひめ」

 フェイレイが声をかけると、今度はそちらへ縋るような瞳を向ける。そこへ白衣を着た医療スタッフが病室に入ってきた。

 たくさんの足音に、眠り姫はガバッと飛び起きる。

「ああ、急に起きてはいけませんよ」

 初老の優しそうな男性医師が声をかけると、眠り姫はみるみる表情を強張らせた。

 顔を蒼白にし、唇を震わせながら背後の壁まで後退りする。立ち上がろうと足に力を入れているようだが、二ヶ月も眠っていた足は体重を支えられないようだ。ガクガクと震えている。

「少し診察しますよ。座っていただけますか?」

 医師はやんわりと、優しい笑みでそう言うのだが、眠り姫の震えは止まらなかった。

「……ひめ? どうしたの? 怖いことないよ?」

 様子のおかしい眠り姫に、フェイレイも心配そうに声をかける。

 眠り姫はその声にチラ、と視線を向けたが、更に近づいてきた医師たちから逃げるように、壁から離れて窓際に飛び降りようとした。

 思い通りに動かない身体は、布団に足を引っ掛け、頭から転がり落ちる。

「ひめっ!」

 ちょうどよくそれをフェイレイが受け止め、眠り姫は床に叩きつけられるのを免れた。

 代わりに一緒にベッドから落ちたフェイレイが思いっきり頭を打ちつけ、眠り姫の腕に繋がれていたチューブも、ブチブチと抜けてしまった。

「待ってください。……人に怯えているのかもしれません」

 眠り姫は虐待を受けていた。その恐怖が残っているのかもしれない。

 アリアとランスは医師たちを止めると、ベッドの向こう側をそっと覗いた。フェイレイを下敷きにした眠り姫は、なおも立ち上がって逃げ出そうともがいている。

 針の抜けてしまったところから、真っ赤な血がつうっと流れていくのを見たフェイレイは、頭を打ちつけて涙目になっていることも忘れて、眠り姫の腕を掴んだ。