集中治療室で眠り続ける少女は、『眠り姫』と名付けられた。

 大層な理由があるわけではなく、単にフェイレイが「ずっと寝てるから『ねむりひめ』だねー」と言ったからだ。

 それはアリアとランスも呼びやすい名だと、当面そう呼ぶことが決まった。

 その眠り姫は容態が安定したので、集中治療室から特別療養室へと移された。療養室は一般病棟のある棟から空の回廊を渡った先の、関係者以外立ち入り禁止区域にある。

 本来ならば貴族などの高貴な者に用意された特別な部屋で、庶民には手の届かない値段の部屋なのだが、多少無理をしてでも眠り姫を周りから隔離したかったグリフィノー夫妻は、院長の娘を魔族から救ったコネクションと、傭兵家業で荒稼ぎして貯めておいた金を全力で注ぎ込んだ。



「では、稼ぎに行ってくる」

 眠り姫のために金を稼がなくてはならないアリアは、キリッと凛々しい表情で魔族討伐に出かけていった。

「行ってらっしゃい、気をつけてね。おいしい晩御飯作って待ってるからね」

 そう、穏やかな顔で手を振るランス。

 グリフィノー家では、夫婦の役割が一般家庭と逆転している。


 ここはギルドの街中にある高層のコンドミニアム。

 ギルドの街で働く人々の居住用に建てられたものなのだが、しばらくここにに滞在することになったランスとフェイレイのために、部屋を借りることにしたのだ。リビング、ダイニングに2部屋がついた、3人家族で住むには丁度いい広さなので、アリアも宿舎ではなくここから仕事に向かうことにした。

 そして働く妻を見送ったランスは、フェイレイの手を引いて眠り姫のお見舞いへ出かけるのが日課となっていた。

 その途中、たくさんの学生たちとすれ違う。

 傭兵育成機関としても機能しているギルドの街中には、各種職業学校の学舎が並んでいる。

 そこに登校してくる学生たちとすれ違うランスは、時折声をかけられる。

 アリア、そしてガルーダとともに『セルティアの英雄』と呼ばれた彼は、一応有名人である。その顔は学生たち──特に剣士養成学校の生徒たちに知れ渡っていた。