熱が下がらないという少女は、硝子窓の向こうで苦しそうに身動ぎしていた。それをフェイレイが心配そうに眺め、小さな声で「がんばれ、がんばれ」と呟いている。

 熱心に少女を見つめる少年から少し離れたところで、3人の大人たちが向き合って立っていた。彼らも硝子の向こうの少女を眺め、きゅっと眉根を寄せている。

 そこで、ビアンカが口を開いた。

「あの方は、リディアーナ=ルーサ=ユグドラシェル皇女殿下であらせられます」

 薄暗い廊下に響いた静かな声を、アリアとランスは、しばらく飲み込むことが出来なかった。

「ユグド、ラ、シェ、ル」

 言葉が片言になってしまう。それほどの衝撃を受けていた。

「はい。あの方は……神の御子です」

 ザーっと。

 アリアは身体中から血の気が引いていくのを感じた。ランスも似たような感覚を味わった。

 『ユグドラシェル』というのは、この星の守護神。

 天にも届く大樹で、太古からこの星を守ってきた唯一神。

 その神の名を与えられるのは、ユグドラシェルに選ばれし血統。この星を導く、神にも等しい存在とされる惑星王の直系の血筋のみ。

 惑星王が自分たちと同じ人間だということは知っている。アストラのケーラに向かって、アリアが「惑星王とはいえ人間だぞ」と言ったのも記憶に新しい。

 しかし、幼い頃から教えられ、刷り込まれてきた『惑星王は神である』という認識は、もう身について剥がれることはない。

 その尊き血を持つ皇女は、崇めるべき存在だ。

「では……では、皇都に連絡を入れねば……」

 震える声でそう言うと、ビアンカはアリアの手を両手で握り、激しく首を横に振った。

「なりません。殿下は……追われているのです。星府軍に……」

「何? それは……どういうことだ」

 星府軍というのは惑星王の坐す皇都を護るために存在する軍隊。それが自分たちの主に牙を向けるとはどういうことなのか。

「……殿下には虐待の痕があった。有り得ないことだ。何故、そのようなことに?」

 いつも穏やかなランスの声が強ばっている。

「順を追ってお話します」

 ビアンカは覚悟を決めた強い瞳で語りだした。