『必ず生きて戻れ』

 先の見えない旅へ送り出す前、震える声で抱きしめてくれた母のぬくもり。

『母さんと一緒に、待ってるよ』

 穏やかな優しい瞳で、なにも心配するなと送り出してくれた父の強さ。それはまるで昨日のことのように思い出される。

 この先生きて会える確証のない別れだった。

 実際、生きて再会を果たすことは出来なかった。

 彼らは星府軍元帥アレクセイ=ラゼスタに、名目上、皇家に歯向かった反逆者──皇女隠匿の罪で裁かれた。

 でも、違う。

 アレクセイの真の目的は、フェイレイを怒らせることだった。

 『呪われし穢れた血』を目覚めさせる。その目的のために、両親は殺された。

 何故。

 今でもそう思う。

 確かにそうしなければ魔王には太刀打ち出来なかったし、世界は滅んでいただろう。

 けれども彼らに罪はなかった。裁かれる必要などなかった。

 フェイレイがもっと強かったなら。アレクセイをもっと早くに押さえられていたら。彼らはきっと、ここで笑顔で待っていてくれた。そしてアレクセイも。きっと、笑顔で……待っていてくれた。


 何故こうなったのか、なんて。

 もうずっと前に心の整理はついているはずだったのに。10年の歳月が哀しみも癒してくれたと思っていたのに。なのに、どうして。

 どうして今も、喉の奥が、痛い。

「──リディル」

 俯きながら名を呼ぶ。

「リディル、抱きしめても、いい?」

「だめ」

 何故だか非情な言葉が返って、少し驚いた。

 けれども次の瞬間には、フェイレイはふわりと抱きしめられていた。

「今は、私が、抱いてあげる」

 その声に、零れる。

 閉じ込めていた想いが、ぽたん、と零れ落ちる。

 フェイレイはリディルの肩に顔を埋める。フェイレイの背に手を回すリディルの白い頬にも、あたたかな雫が伝っていく。




 ねえ、父さん、母さん。

 あなたたちは、何を想っていたんだろう。

 子どもの戯言を真に受けて、厄介ごとを背負い込んで。そうすればどうなるか、あなたたちは解っていたはずだ。

 それなのに受け入れたのは何故だったのか。

 何故命を賭けてまで護ろうとしたのか。

 ……教えて欲しい。









 ──解るだろう? 今のお前たちになら。


 ぽたん、と落ちた涙の先で、そんな声が、聞こえた気がした。