「いいえ……それほど多くは存じ上げません。ただ、素性は知っております。私があの子を家まで送り届けます。傷が回復いたしましたらご連絡ください。引き取りに参ります」

「どのような素性の娘で、どこへ連れて行くのか、それくらいの説明はあるのだろうな? でなければ引き渡すことは出来ん。こちらも一度預かった責任がある」

「どうか……何も聞かず、私どもにお預けください。お願いいたします」

「あの子は虐待を受けていたそうだ。もし家族からなのであれば、そこへ戻すわけにはいかん」

 そこで女性は軽く目を見開いた。そして痛ましそうに眉を寄せた後、軽く首を振った。

「……いえ、家には……」

「ならばどこへ連れて行くというのだ」

「私どもが、責任を持って預かりますから……」

 女性は震えながら頭を下げた。

 アリアはひとつ息を零すと、赤い髪に手をやりながら頭を下げる女性を見下ろした。

「まずは貴女の名前を伺おうか」

 しばらく頭を下げ続けていた女性は、ゆっくりと頭を上げ、しかし視線は下げたまま答えた。

「ビアンカ=チェルニー=エインズワース、と申します」

「……貴族か」

「はい」

 貴族ならば調べればどこの者かはっきりする。嘘はつけないだろうから、身分は本物だろう。だが、それだけで納得出来るほどアリアは単純ではない。

「で、あの子の名前は?」

「そ、それは……」

 言い淀む女性を、アリアは更に追い込む。

「知っているか? ギルドには今、パソコンというものが導入されていてな。世界各国の住民の情報が入っている。そのすべてが閲覧可能だ」

「……な」

「例えば、エインズワースと入れればどこの国の貴族だがも分かる。そう、リディアーナ、という名前も……」

「いけません、おやめなさい!」

 ビアンカは細い声で叫んだ。

 少女に見入っていたフェイレイがビクリと肩を震わせて顔を上げた。それを見て、ビアンカは曖昧な笑みを向けた後、アリアに厳しい表情を向けた。

「関わってはなりません。私たちに……あの子に関わっては、あなた方に危害が……!」

「危害を及ぼすような事態を引き起こすのか。あの子が?」

 表情を動かすことなく問い詰めてくるアリアに、ビアンカは無言になる。薄い唇を噛み締め、身体を震わせている。

 ──少し言いすぎたか、とアリアは息をついた。