女性は何度も何度も頭を下げ、ヴァンガードと呼んだ男の子を下へ下ろした。ヴァンガードはまだ覚束無い足取りで廊下を歩き始める。

「俺が息子さんを見ていますから、貴女はご主人を見てるといいですよ」

「え、そ、そんな、申し訳ないです。あなたも大事な方のお見舞いなのでしょう?」

「その子の心配をしているのは俺より息子ですから」

 と、フェイレイに目をやる。

 フェイレイはこの騒ぎにもまったく反応せず、ただ、ジッと少女を見つめていた。その様子に、女性も笑顔を取り戻す。

「先程からずっと立ちっぱなしで……よほど大切な方なのですね」

「うん、まあ、なんというか……つい先日、川から助けた子なのだがな」

 ヴァンガードの面倒を見ているランスに代わり、アリアが椅子から立ち上がって女性の隣へやってくる。

「自分が助けたんだという想いがあるのか、毎日こうして張り付いているんだ」

 アリアはフェイレイの赤い頭を撫でてやる。

「随分酷い災害でしたものね……。どの子ですか?」

「ほら、あの一番端の子だ。ハニーブラウンの髪の」

 アリアが少女を指差すと、女性もそちらへ目をやった。

「まあ、あんなに小さな……おかわいそう、に……」

 途切れた声に違和感を感じ、アリアは女性へ目をやった。

 女性は青い瞳をまん丸にしていた。そして窓硝子に張り付くと、唇を震わせた。

「リディアーナ、様っ……」

「リディアーナ? 知り合いか!」

「えっ」

 アリアが声を荒げると、女性はハッとしたように窓硝子から離れた。そうして青ざめた顔で取り繕うように笑みを浮かべる。

「え、あの……いえ……ええ、はい、知り合いの、お子さんです……」

「どこの娘だ。身元が分からなくて困っていたところだ。それに、少々気になる点があってな。詳しく話を聞きたいのだが」

「いえ、あの……私もよく存じているわけではないのです……あの……」

 女性は金色の髪を何度もかき上げながら、アリアとは視線を合わせずに……何かを隠そうとしている風だった。

「……話を、聞かせてもらえるな?」

 少し威圧感のある言い方をすると、女性は体を震わせながらも、しかしキッとした瞳でアリアを見た。