「いてー!」

「もうお前なんか知らん、馬鹿っ!」

「まあまあ、アリア……」

 ランスはやんわりとアリアを宥め、少女へと目をやった。ニクスが生死の確認をしている。

「……ん、息はあるぞ。だが……酷い怪我だ」

 顔にも、手足にも無数に傷がある。おそらく川を流されている間についた傷だろうが、それ以外にも、腹部から多量に血が流れていた。細かく見ればもっと傷があるかもしれない。このままでは危険だ。

「かわいそうに、流木にやられたんだろうか……」

 手当をしてやりたいところだが、生憎役に立ちそなものは何も持っていない。

「診療所へ連れて行こう。先生はいらっしゃるんだったな」

 ランスは少女を抱き上げる。そこで淡い光に包まれていたはずの少女の体が、闇の中に溶け込むようにその色を失っていることに気づいた。

 水から引き上げたときには確かに、薄闇の中で淡い光を纏っていた。だからこそ薄暗い濁り水の中にあっても、フェイレイを見つけることが出来たのだが……。

 それを疑問に思いながらもアリアへ視線をやる。

「アリアはフェイと一緒に家に寄って荷物を持ってきてくれるかい」

「ああ」

「ニクスはケーラばあさんを頼む」

「任せろ」

「父さん、俺も、俺も一緒に先生のとこ行く!」

「後でおいで。先生のところから、すぐにミスケープへ行くからね。荷物の中にはちゃんとフェイの好きなお菓子も入れておいたんだよ。持ってきてくれるね」

「……うん」

 フェイレイは少女を心配そうに見た後、渋々頷いてアリアについていった。それと別れて、ランスはニクスとともに診療所へ走る。




 診療所で待機していた黒ひげを湛えたハーネス医師は、少女を見るなり手にしていた診療カバンを開け、娘に奥から止血帯を持ってくるように指示した。

「なんということだ。今は精霊の力は借りられないというのに……これは」

「どうなんです、先生」

「おそらく意識を失ってから川に落ちたのだろう、水は飲んでいないが……この腹の傷が酷い」

「流木が突き刺さったんでしょうか」

「流木? そんな傷ではないぞ。これは刀剣の刺し傷だ。相当深い。おそらく内蔵もやられているな……」

「刀剣? では、魔族か」

「どうだろう。この上から流れてきたとすればカントだが……あそこは土砂崩れで村ごと埋まったと聞くぞ」

「その生き残りの子かもしれません。先生、どうか」

「ああ、もちろん手は尽くす。だがここでは駄目だ。手術するにはミスケープまで行かんと。魔族襲撃までもう時間もないんだろう?」

「それまで持ちますか」

「うむ……こんな小さな子に、そこまで体力があるかどうか……祈るしかないな」

 ミスケープまで歩いて半日。この嵐では馬車も使えない。そんな状況でこの小さな少女が耐えられるのかどうか。

 家から駆けつけたアリアとフェイレイも一緒に、祈りながらミスケープまで走る。