「フェイ!」

「とう、父さんっ、たいへんなんだっ、ひとが、がほがほっ、ひとがっ」

 フェイレイはなにかを必死に抱きかかえていた。それが『白いもの』だった。淡い光を放つ──女の子。

「たすけてって言ったんだ! たすけてって言ったんだよ!」

 勢いよく流れてくる川の水を頭から被りながら、必死に訴える息子。それをぐっと引き寄せる。

「ああ、絶対に離すな」

「うん!」

「アリア!」

 岸にいるアリアに声をかけると、ゆっくり、ゆっくりと引っ張られ始めた。濁った水しぶきが幾度となくランスたちを川底へ引きずり込もうと襲いかかってきたが、そのときもリーブが力を貸してくれたようだ。なんとか無事、濁流から逃れることが出来た。

 ぱちん、ぱちん、と小さく弾けて、川の精霊たちの気配が消えていく。

「……ありがとう」

 ランスは小さな精霊たちに哀しげな顔を向ける。

 精霊たちは薄青の光の中で、にこりと微笑んで消えていった。

 それを見送ることしか出来ないランスは、ギュッと拳を握り、それから顔を上げた。岸に上げたフェイレイはアリアに抱きつかれていた。

「馬鹿かお前は! 外に出るなと言っただろう! こんな嵐では、精霊たちが怯えて力を貸してはもらえんのだぞ! 父さんがいなかったら死んでたんだぞ!」

 厳しいことを言いながらも、息子を抱くその手は震えていた。

 このまま流されていったら確実にこの命を失っていた。それを想像することのなんと恐ろしいことか。

「そんなに怒鳴らんでもよかろう。フェイ坊、流されんで良かったなぁ。怪我はないのか? この婆にも元気な顔を見せておくれ」

 背負子に縛り付けられているケーラが、涙ぐみながらフェイレイに手招きする。

 だがフェイレイはアリアの声もケーラの声も無視して、横に転がる白い女の子を見た。

 真っ白な顔をしていた。皮膚だけでなく、唇も。それはまるで、死人のごとく。

「たすけてって言ったんだ! 大丈夫だよね? 生きてるよね?」

 きつく抱きしめているアリアから逃れようと、ジタバタ暴れながらそう言うフェイレイに、アリアの感情は心配から怒りへとシフトした。

 これだけ心配をかけておいてごめんの一言もないのか、と。

 思いの外元気なので安心したのかもしれない。その怒りと安堵が綯交ぜになった拳骨がフェイレイの脳天に振り下ろされた。