「この嵐では、さしもの魔族も山を超えるには時間がかかるだろうな」

「だといいけどね」

 ゴウゴウと唸る風と川の流れる音。

 その音を聞きながら前のめりになって歩いているランスの元へ、小さな白い光がふわりと飛んでくる。

《ランス、大変だ》

 そう耳元で囁くのは、風の精霊グィーネだった。掌に乗る大きさで、透き通った肌に白い布を巻きつけた姿をしている。精霊たちは人の前に現れるときには人型を取る。その方が意志の疎通をしやすいからだ。

「どうした?」

 立ち止まると、それに気づいたアリアも振り返った。

「精霊か? この嵐で隠れていたのではなかったのか」

《それどころではない。ランス、走れ。フェイレイが大変だぞ》

「フェイが、どうしたって?」

《川に落ちた》

「……なんだって?」

「なんだ、どうした」

 この嵐で精霊たちの声が良く聞こえないアリアは、訝しげな顔で聞き返す。しかしランスはそれには答えず、キョロキョロと視線を動かした。

 すぐ横は濁流だ。

 普段は踝までの水嵩しかない小川だなどと信じられないほどの暴れっぷり。その中に落ちたというのか──? ランスはまたすぐに走り出す。

《ごめん》

《ごめんね》

 川へ視線を走らせながら走るランスの元へ、淡い水色の光を放つ精霊たちが集まってくる。

《私たちのせいだ》

《たすける》

《うん、たすける》

 小さなささやき声。

「一体どうしたんだ、リーブ……」

 川の精霊リーブ。愛らしい水色の瞳に、水色のおかっぱ頭。この村に流れる川らしい、幼く素朴な印象の姿をしている。

「相変わらず、召喚なしに精霊を集めて。つくづく変わった男だ」

 ランスの隣に並び、アリアが言う。

「アリア、大変だ」

「なんだ」

 アリアが聞き返したところで、ゴウゴウと鳴る風の中に声が聞こえた気がした。2人とも同時に足を止める。