ランスはもしもの日が来たときのために、フェイレイに教育を施すと言っていた。破壊の衝動に負けない、強い心を育てるのだと。ランスの父も、無意識ながら『争うな』と言っていた。その教えがあったからこそ、ランスは自我を保っていられる。だからフェイレイにもそれを教え込むのだ。

 その日が来なければいい。

 そう願いながら、アリアはパスタを啜る。眠い。アストラから帰ってきて一週間。毎日何度も何度も通信機で無事を確認し、子どもたちの動向もマメに伝えている。

 夜も何かあれば大変だと、アリアはほとんど寝ていない。そろそろ寝ないと拙い。眠い。倒れそうだ。

 ずそそそー、とパスタを啜る。眠さのせいもあるが、アリアは基本、行儀が悪い。

「隣、よろしいですか?」

 穏やかな声で話しかけられ、アリアは顔を上げた。金髪に青い目の、美しい女性が微笑んでいる。

「ああ……ビアンカ。久しぶりだな」

 座れ、という意味を込めてフォークを隣の椅子へ向ける。行儀が悪い。しかしビアンカは気にすることなく「ありがとうございます」とアリアの隣の椅子に腰かけた。そしてパンとスープ、魚のムニエルにサラダという、食堂での定番メニューをナイフとフォークで少しずつ切り分ける。

 ビアンカ=チェルニー=エインズワースは生まれながらの貴族だ。孤児院出身のガサツなアリアとは違い、指の先まで美しく洗練された所作で食事を進める。

 まるで異世界だ。

 二人の間には見えない壁があって、別の世界の食事風景を映し出しているに違いない。そんな感想を含む周囲の視線を受けながら食事をしていた二人は、視線を合わせることなく会話を始める。

「支部長、お疲れですね。ランス殿がご病気と伺いましたが、大丈夫なのですか? よろしければ私が治療を……」

「有り難い申し出、感謝する。いや、うん、大丈夫ではないが、大丈夫だ。寝ていれば治る類だ」

 本当のことを言うわけにもいかず、アリアはそう言って水の入ったグラスに手を伸ばした。