長いハニーブラウンの髪を元気よく躍らせ、翡翠色の瞳をきらきらと輝かせて駆け回っていた。

 おにいさま、おにいさま、と愛らしく微笑みながらこちらに向かって駆け寄ってくる姿が、今でも鮮明に思い出される。

 カインの中のリディアーナは7歳のままだ。生きていれば今頃はもう、12歳か。大きくなったのだろうと思う。愛らしかった顔もきっと、少し大人びて美しくなっただろう。

 けれどカインにはそれを見守れなかった。

 皇都の外れにある水車小屋のあるあの家で、穏やかに微笑む母親と静かに暮らしていた妹。だがその幸せな生活を奪い、頼りの母親をも失わせた。助けに向かわせた従者たちは帰ってこない。

 今も生きているのか、それすら確かめられない。けれどもきっと生きていると信じている。迎えに行かなくてはならない。妹姫の無実を訴え、彼女を自由にしてやるのだ。

 全てはここの改革が終わってからだ。

 全てを片付けて、リディアーナを探して、そしてローズマリーとともにこの宮殿に迎える。

 いや、それとも。あのお転婆な妹は、やはり民間の中にいるのがいいのだろうか。鳥籠に閉じ込めるのはかわいそうだろうか。


 ……そんな希望の未来を夢見るカインは、ふっ、と感情を削ぎ落とした。そして、誰もいなくなったはずの空間に鋭い瞳を向ける。

「私にはすべきことがある。だから邪魔をするな」

 カインの目には真っ黒な黒髪を腰の下まで伸ばした、赤い瞳の男が見えていた。

 男は窓から差し込む強い光によって出来た濃い闇の中に溶けるように揺らめき、そして薄く、不気味に微笑んでいた。

「私は君に屈したりしない」

 そう力強く宣言をする、その相手は“カイン自身だった”。

 カインは自分自身からも愛しい妃を、そして妹を、護ろうとしていた。




 ふたつの目覚めさせてはならぬものが、この世界に干渉を始める。