アレクセイ=ラゼスタ。

 短い黒髪に黒い瞳を持つ偉丈夫。ローズマリーの幼馴染であり、ギルド時代のパーティメンバー。今は皇帝直属の軍隊、星府軍で小隊を率いている。彼は世界一の剣士であり、ローズマリーは一度も彼に勝ったことがない。

「アイツがここに来るのなら百人力です。絶対にカインを護ってくれます」

「彼に護ってほしいのは、君の方だよ、ローズ」

「私は平気です。どんな敵が来てもすべて返り討ちに致しますからね」

 力強い瞳でそう言うローズマリーに、カインは目を細めた。

 彼女が慣れない茶会や夜会で仕入れてくる人間関係の情報は、隠れてしまった不穏分子たちを見つけるのに大いに役立っていた。戦場で生き抜いてきた彼女には、きな臭い匂いを嗅ぎ分ける能力が自然と備わっているのだろう。

 奔放な彼女は、本来ならば民間の中で、伸び伸びと暮らしていた方が良かっただろうに。

 こんな風に籠の中に入れてしまった張本人であるカインは、彼女に罪悪感を持つとともに、全力で彼女を護り抜こうと思っているのだ。

 皇族に牙を剥く輩から。

 心無い鋭利な言葉から。

 そして。


「……ローズ、今日は夕食を一緒に出来ない。すまないね」

「お気になさらずに。ゆっくり休んで疲れを取ってください」

「寂しくても泣くんじゃないよ?」

「まあっ。私子どもではありません! 寂しくなど! ……ちょ、ちょっとは寂しいですけれど。カインの御身の方が大事ですもの」

 怒鳴ったり、拗ねたり、赤くなったり。

 まだまだ少女の皇后に、カインは優しい目を向ける。

「では少し休むとするよ。夜も一人にしてすまないね」

「……カインの休息が第一ですわ」

 ローズマリーは頬を染めて視線を逸らした。


 それからカインを休ませるために席を外したローズマリーの背を見送り、そして女官にも休むから退室するようにと言いつけると、この広い部屋にはカインだけとなった。

 コロコロと表情の変わる皇后を見ていると、ふいに思い出すことがある。

 幼く、小さな妹のことを。