「ローズ、今しばらく、苦労をかける」

 カインは笑みを隠し、ローズマリーを見つめる。

「子が出来ないことでも周囲から色々言われ、嫌な思いをさせるだろう。だが、もう少し……改革が軌道に乗るまでは、私の弱点を作りたくない。私がただ一人のユグドラシェルの血族であるうちは神殿が命がけで護ってくれるだろうが、子が生まれれば状況は変わる。……もう二度と、身内とは争いたくない」

「はい。貴方の御心は存じております」

 ローズマリーも真剣な顔で頷く。

 最後の皇の血を持つカイン。彼の跡継ぎは世界中が望むところだ。

 けれどもまだこの世に誕生させるわけにはいかなかった。クーデターを企てた宰相と側近の者たちは捕えて牢に繋いでいるが、見えないところで暗躍していた者たちがまだいる。それらを排除するまでは、次の皇となるべき子は望めないのだ。

 だからカインもローズマリーも、子が生まれないような薬を飲んでいる。もう大丈夫だと判断されるまで服薬は続けるつもりだ。

 けれどもそれでローズマリーが『役立たずの皇后』と言われてしまうのは、カインには申し訳ないことだった。ユグドラシェルの血族でない妃だからこそ、余計に非難を浴びてしまう。

「ご心配には及びませんわ。私は世界一と言われた拳闘士。戦場では身も心も強くなければ生き残れませんのよ。戦場の場が夜会や茶会になっただけのこと。敵は殲滅してみせます」

 だから安心してください、とローズマリーは笑う。

「別の意味で安心は出来ませんが……」

 隅の方から女官の呟く声が聞こえたが、気にしない。

 この皇宮では気にしないのが一番なのだ。

「だが、一人では限界もある」

 カインは少しだけ考えるような素振りをして、それから柔らかく微笑んだ。

「君の幼馴染のアレクセイ。あれを取り立ててこの城にも出入りできるようにしよう」

「アレクセイを、ですか」

 ローズマリーはぱっと顔を輝かせる。