「ランス!」

 はっと目を覚ますと、目の前に深海色の瞳があった。薔薇のように美しい赤髪を結いあげた、愛しい妻の姿が。

「う、あぁぁぁ……」

 赤髪が血溜りの中に散らばっている光景が目の前に広がる。その恐ろしさにランスは思わず呻き声を上げた。

「しっかりしろランス、嫌な夢でも見たか」

 ぱしゃり、と絞り切れていないタオルを額に乗せられた。いくつもの水の筋が頭の方へ流れて行って、熱くなっていた脳を冷やしてくれる。

「さっきハーネス先生に診てもらったが、どこも悪いところはないそうだ。疲れが出たのではないかと言っていたぞ。娘さんがフォレイスを召喚出来るらしくてな、少し治癒魔法もかけてもらった。気分はどうだ?」

 ランスはまだぼんやりとした頭で妻の顔を眺める。

「ニクスに感謝しろ。なんか知らんがいきなり走り出したお前を追いかけていったら、家で倒れているお前を発見したんだそうだ。ベッドまで運んで先生まで呼んでくれたんだぞ。ガタイのいいお前を二階に運ぶのは大変だったろうに」

 なんとなく自分の名前を呼んでいたニクスを思い出し、ランスは少しずつ頭の霧が晴れてくるのを感じた。

「……アリア」

「なんだ」

「俺をぶん殴ってくれ」

「病人をぶん殴れるか、馬鹿が。私はそこまで鬼ではないぞ」

 ばっさりと切られた。ランスは笑みを浮かべた。……ああ、笑えるのだと、少し安心した。

「子どもたちは?」

「班長に頼んできた。明日も任務があるからな。まあ、寮に戻って休むだけだから問題はないだろう」

 フェイレイもリディルもギルドの寮に入っている。アリアは仕事が忙しくてほとんどギルドの家には帰らないので、食事の管理をしてもらえる寮の方が安心なのだ。

「そうか……本当に、無事なんだね……」

「大丈夫だ。むしろリディルが大活躍で喜ばしいことこの上ないぞ」

「それは、褒めてあげないと、いけないね……」

 弱々しく笑うランスの顔をじっと見つめたアリアは、ベッドに横たわるランスの顔を両手で挟み込み、正面から彼の空色の瞳を見つめた。