ゴウゴウという低い音が耳の奥でうねりを上げている。闇の中に沈んでいたランスの意識は、その音に引っ張られるように浮上する。

 耳を澄ませていると、そこにだんだんと怒声が交じるようになった。その声が不快で、薄っすらと目を開けた。

 ぼんやりとした白い光が見える。

 その白い光の中に古い映写機に映し出されたような二次元空間が広がっていた。

 色のない、白黒の世界。

 その中で見も知らぬ中年の男性が、髪を振り乱し、鬼のような形相でこちらに向かって怒鳴っていた。

 何をそんなに怒っているのか……ぼんやりとしたままそれを眺めるランスの耳に、ざらつく音声が響く。


 オソロシイ
 
 オマエノヨウナコガ

 ワタシノムスコノハズガナイ


 息子を愛するランスにとっては、とても不快な言葉だった。

 一体誰の見ている景色だろうか。少なくともランスの記憶にはない光景だ。

 イナクナレ、キエテシマエ、と。呪詛のように繰り返される禍々しい言葉。眉を顰めていると、白黒の世界で中年の男性が腕を振り上げ、誰かを殴りつけるような恰好をした。

 何度も、何度も男は腕を振り上げる。

 腕を振り上げて誰かを殴っている男の顔は、時計の針を早回ししているかのように皺が刻み込まれ、髪が薄くなっていく。

 それでも殴ることをやめなかった彼の顔が。

 突然、恐怖に歪んだ。

 大口を開け、何かを叫びながら背中を見せて逃げていく。

 そんな彼の背中が、ばっさりと斬れた。

 彼の身体は、見事に真っ二つに、割れた。

 衝撃的な光景を目の当たりにしたランスは、いつの間にかスクリーンの中の景色にいた。

 観客として見ていた白黒の世界が目の前にある。

 しかし、今さっき真っ二つに割られた年老いた男性の流す血で出来た水溜りだけは、赤黒く染まり……。

「──!」

 違う。

 血溜りの中で、真っ二つに割られていたのは。

「アリ、ア……」

 ランスは震える手を持ち上げる。

 その手が、愛しい者の血に塗れていた。

 俺が、俺が殺したのか。

 赤黒い中に散らばる美しい薔薇色の髪に、ランスは獣のような叫び声を上げた。