『……今は任務中だ。前から言っていただろう、今日はリディルの初任務だと。心配せずとも、ギルドの街からそう遠くない街道の見回りだ。いくら班長が一緒だからと言って、いきなり候補生にS級の任務など任せたりしないから安心しろ。リディルも、フェイも、危険はない』

「……本当に?」

『なんだ、心配性だな。……待っていろ、今確認する』

 ランスから視線を逸らしたアリアは、秘書に向かって一言、二言何か命令をした。

 子どもたちの無事を確認するため、班長、ガルーダに通信を送っているのだろう。その返事を待つ間もランスは落ち着きなく、震えそうになる拳を握りしめる。嫌な予感がして仕方ない。

 しばらくして、画面の中のアリアの表情がぱあっと明るくなった。

『ランス、凄いぞ。リディルは初任務で大活躍だったそうだ。今さっき街道に現れた魔族の群れを召喚術で一網打尽! 旅の商人を無事守り通したそうだ。いやあ凄い! 凄いな! 私たちの娘は凄いぞ!』

 喜び溢れる表情で語るアリア。

「……怪我は、ないのか」

『あるわけないだろう。フェイの馬鹿も今回は問題を起こさなかったそうだしな、帰ってきたら褒めてやらねば……ランス?』

 画面向こうの夫の表情に、アリアは眉を潜めた。

『どうしたお前、まさか具合でも悪いのか』

「……ああ」

 キーボードに乗せた手に、汗がぱたり、ぱたりと落ちていく。

「だいぶ、悪いみたいだ」

 胸が重苦しい。

 気持ち悪い。

 吐きそうだ。

「……アリア。帰ってきてくれないか」

『そんなに悪いのか!』

「……俺を、力いっぱいぶん殴ってくれ」

 そう言って、ランスは突っ伏すように倒れた。

『ランス! おい! ……っち、ブライアン! 今すぐ休みをくれ! マキシに緊急連絡……!』


 遠のく意識の中に、アリアの怒鳴り声が聞こえる。

 その声が頼りだった。


 分かったのだ。

 今まで正体不明だった、謎の危機感、恐怖感の元がなんなのか。

 あの青年だ。

 自分にそっくりの、歪に笑うあの青年。

 あの青年はランス自身。

 この目に映るものすべてが憎くて。己すら憎くて、憎くて。


 愛しい者がいるこの世界を、滅ぼす存在だ。