ギルドの街の中央に聳え立つ、鈍色のセンタービル。その最上階で書類にサインをし、判を押したアリアは大きく息をつき、両腕を天井に向けて思い切り伸ばした。

「ううーん! 疲れた!」

 それから、斜め前の机で同じように事務作業をしている秘書のブライアンへ視線をやる。

「疲れたから何か面白い話をしろ」

 唐突な要求に、ブライアンは眉一つ動かさず、視線も書類にやったまま答えた。

「面白い話」

 さらさらと紙の上を走る羽ペンの音が、静かな空間に流れていく。ただそれだけだった。

「……お前、それで面白い話、なのか。……他にないのか」

「これ以上の面白い話を思いつけません」

「そうか。びっくりはしたが面白くなかったな」

「左様ですか。ではお仕事をなさってください」

「嫌だ」

「我侭を言っている間にお仕事をなさってください」

「疲れたんだ」

「お茶を淹れますから、飲んだらお仕事をなさってください」

「いやーだー」

「はいはい、お菓子もつけますからお仕事しましょうね」

「貴様私を馬鹿にしているのか!」

「私はお仕事をきちんとなさる方を馬鹿にしたりはいたしません」 

「こ、このぉ……!」

 暗に『仕事をしない貴女のことは馬鹿にしますけどね』と言っているブライアンに、アリアは拳を握り締め殺気を放つ。しかし、その殺気の余波で書類の束が部屋中を舞うことはあっても、ブライアンが揺らぐことはなかった。

 ブライアンは静かに席を立ち上がると、舞い散る書類を冷静に拾い集め、無言でアリアの机の上に乗せた。

 静かな銀色の瞳と、怒りに満ちた深海色の瞳がかち合う。

 僅かな沈黙の後。

「お仕事しま」

「煩い分かっている!!」

 アリアは両手をバアンと机に叩き付けた。また書類が宙へ巻き上がったが、ブライアンは些かの動揺も見せずに拾い集めた。

 支部長専属秘書は、今日も歪みない。