その頃アストラ村では、ランスがリディルと一緒に夕食の準備をしていた。

「今日は学校で何があったんだい?」

 魚を三枚に下ろしながら訊いてみると、リディルはゆっくりと野菜を切りながら答えた。

「いつもの授業、と……鬼ごっこ」

「楽しかったかい?」

「うん」

 こくり、と頷くリディルは、ランスに視線を向けることなく、黙々と野菜を切る。その様子からはとても楽しんできたようには見えない。

 フェイレイがギルドに行ってから、リディルは徹底して無表情だった。泣くことはないが、笑うこともない。恐らく泣くのを我慢しようとして、すべての感情を押し殺してしまっているのだろう。

「……フェイがいなくて寂しいかい?」

 リディルの包丁を持つ手が、僅かの間止まった。

 リディルは小さく頭を振った。

「……リディル。確かに君は強くならなくてはならないけれど、でも哀しいことを我慢することはないんだよ」

 甘えられる存在は一人だけではないんだよと、ランスは教えてやろうと言葉を続ける。

「泣きたいときは我慢しなくていい。ここには父さんしかいないから、大声で泣いても誰も怒らないし、気にしないから。時には哀しんでいる自分とも向き合って、受け入れてあげないとね」

 だけどフェイがいるときは笑ってあげてね、と続けようとしたのだが。

 その言葉を聞いたリディルは、驚いたように顔を上げたのだ。そうして翡翠色の瞳が零れんばかりに大きく目を見開く。

 何がそんなに驚くことがあったのかと首を傾げると、一瞬だけ瞳が揺らいだ後、きゅっと唇を引き結んだ。

 小さな頭がこくり、と頷く。

 そうしてまた野菜を切り始めたのだが、細い肩が震え、僅かに嗚咽が漏れ聞こえてきた。俯いた顔から、ぱたぱたと雫が落ちるのが見えた。