長雨が続いていたせいか、家の中が随分冷え込んでいた。

 毛布にくるまり、フェイレイの眠るソファに座ったアリアは、息子の赤い髪を撫でてやりながらどこかぼうっとした瞳をしていた。

 そこに、ランスがずいっとホットミルクを差し出す。

「……ああ、ありがとう」

 それを片手で受け取ると、口をつけずにまたぼうっとする。ランスはそんな彼女の隣に座り、自分の分のホットミルクを啜った。

 ガタガタと窓ガラスが音を立てる。もう空が白んでくる時間のはずだが、相変わらず外は真夜中のように暗い。

 暴風雨はもう何日続いているだろう。今年はもう、黄金色の畑は見れないかもしれない……そんなことを思うアリアの肩が、ぐいっと引き寄せられた。その勢いのままに、彼の肩に頭を乗せる。

「自警団のみんなには、確認が終わったらここへ来るように伝えてあるんだ。それまで少し休んで」

「ああ」

 あたたかいミルクから立ち上がる湯気が、部屋の中を照らすランプの穏やかな光の中にゆらゆら溶ける。それを眺めていたアリアは、ぐっと唇を噛み締めた。

「すまない」

「……ん?」

「この村を守れない」

「命は守れたよ」

 ポンポン、とアリアの肩を叩くランス。

「……でもここは、お前の故郷だ」

 喉の奥をジリジリさせながら、アリアは呟いた。

「ここはお前の生まれた家だ。お前の両親が残してくれた、大切なものだ。畑だって、お前が懸命に耕したものだ。それを……。私は……お前に、同じ思いをさせたくなかった……そのために、来たのに」

「うん」

 ランスは頷く。

 アリアは村ごと両親を魔族に焼かれた。残された肉親は、一緒に逃げ果せた弟だけだ。

 もう犠牲者を出したくない。同じように哀しむ者を見たくない。

 ギルドに入った理由を訊いたとき、アリアはそう語った。

 どんな想いで彼女が生きてきたのか、どんな想いで首都を離れここまで応援に来てくれたのか。それを知っているからこそ、ランスは彼女を迎えに行った。

「ごめんね。また辛い想いをさせてしまうね。でも、俺は……」

 優しい笑みを湛えながら、言葉を繋げる。

「君がいてくれれば、それだけでいい」

 それを、伝えるために。