勇者がミルトゥワに凱旋した。

 『勇者伝説』の通り、心優しき勇敢な男が『哀しみの塔』から姫を救い出した。そんな噂が世界中を駆け巡り、民衆が沸き立っているその最中。

 その勇者と姫が向かったのは、故郷であるセルティアのアストラ村だった。

 彼らは──フェイレイは、約束をしていた。

 必ず、帰ってくると。




 ざざ、と青々した草が風に揺れる。

 北に聳えるガルガンデ山脈から吹き降ろす風は、今は優しい春の色。未だ自然災害と戦争の傷跡が残る村に、息吹の力を送り込んでいるように感じる。

 その風の中をすり抜けるように丘を上っていくと、道の端に木の立て札が見えてきた。

 手を繋いで歩いていた赤髪の少年と、ハニーブラウンの髪の少女が、その立て札に駆け寄る。

「なにか書いてあるよ!」

 立て札を指差して元気の良い声を上げる少年、シン。

「……ゆーしゃの、せいか。……だって」

 立て札の字を読んだ少女、リィが、ちょこんと首を傾げた。立て札の先には白い柵に囲まれた半壊になった家と、その隣に大きな切り株が残されているだけだった。あの木は根こそぎ倒れたはずだったが……根だけ植え直したのだろうか。

「ああ、ここは父さんが生まれた家なんだよ」

 二人の子どもたちの後からやってきた赤髪の精悍な青年──フェイレイが教えてやる。

「……壊れてるよ?」

「凄い嵐だったからなー」

 ハハ、と笑って、振り返る。

 丘から見下ろす景色は穏やかだ。

 広大な草原と、耕されて黒く見える農耕地。近くを流れるかわいらしい小川。その向こうには煙突のある家屋が並び、更にその向こうには光る線──海が見える。

 その景色をぐるりと見渡していくと、山側に広がる森が見えた。焼かれたはずの森には少しずつ植林され、若い枝葉が伸びている。

 森の焼けた匂いが漂っていた10年前には、村人たちの住居もフェイレイの生家のようにボロボロになっていた。世界は嘆きと絶望に包まれていた。しかし人々はそこからたくましく這い上がった。今の穏やかな村の姿は、ここに生きる人々の力だ。

 目を細めて景色を眺めていたフェイレイは、やがて吹き出す。

「本当に観光地になってるんだな。壊れた家見て、楽しいのかな」

 『勇者の生家』と書かれた立て札を、指でピンと弾く。村の中心部にはいつの間にか大きな宿屋が出来ていて、そこでは勇者グッズなるものが色々土産品として売られていた。この村の復興に繋がるのなら、フェイレイに咎めるつもりはないけれど……なんだか気恥ずかしい気がする。

「……世界を救った勇者の家、だからね」

 穏やかに微笑みながら言うのは、ハニーブラウンの長い髪を風に遊ばせているリディル。