「……………」


彼女がまた何かを言いながら、細い腕に掛けていた手持ちかごの蓋を開けた。その中にはいつも“お土産”が入っていて、それは果物だったり、小さなパンだったり、干し肉の欠片だったりするけれど、僕はそれを口にすることはできないから、隣に座って楽しそうに朝食を摂る彼女をじっと見つめている。

ちいさな赤い実をひとつつまんで、幸せそうに口に運ぶ彼女の横顔を見ながら、口の端に零れ落ちて流れてゆく赤い筋を拭ってやれたのならと、そんなことを考えていた。

時々目が合うと、ちいさく首をかしげて、僕の口元にそれを運んでくれる。首を横に振りながら、自由の聞かない両手の代わりに顎の先で彼女に合図をして、君が食べな、と心の中で囁きかけると、少し残念そうな顔をして、それからまた、彼女はふんわりと笑った。

次の日も、その次の日も、彼女は決まった時間にここへ来て、同じように僕の隣に座って、同じように微笑んで、また決まった時間になると、寂しそうに眉を下げて、手を振ってから帰って行った。


僕はまた一人になって、いくらか時間が経つと、彼女のものとは違う乱暴で汚い足音が、遠くから聞こえてくる。

振り上げられた拳から、この身体に痛みが伝わってくるまでのほんの一瞬に、彼女のことを思い出す。痛みが終わって、また次にそれがやって来るまでのほんの一瞬に、彼女の笑った顔を思い出す。目を閉じて、優しい彼女の足音と、頬を撫でる細い指を思い出す。

朝靄が恋しくて、僕はまた、去ったばかりの君の背中を待ち侘びている。