「お前たちも暑いよな」

 私は杓で水を汲んで、鳩のそばにとろりと垂らす。鳩は一生懸命に嘴から取り込んでいる。私はもう一度、喉を冷やし、手を清めた。杓を元の位置に戻して、境内に向かう。
 コロッケの紙袋だけが、私の唯一の持ち物だった。

 さすがに平日の朝は、人が少なかった。散歩を日課にしているような老人が、何人かいるに過ぎなかった。

 私は、無言で拝殿までやって来た。
 いつもは外に設置された塞銭箱に小銭を放り込み、そこから拝むだけだったのだが、今日は拝殿の中に入れるようだった。

 何故だか分からないが、私は靴を脱いで、中に入る気になった。

 拝殿の中に入り、そそくさと塞銭を入れ、また戻って入り口付近に正座をする。

 既に中では老人が二人、離れた場所に正座し、手を合わせ、うつろな瞳でしきりに何かを唱え、拝んでいた。

 膝の上に手を置いていた私は、ゆっくりと手を合わせ、目を閉じた。

「美月が元気で、幸せでありますように……」

 小さく声を出して、私はそう念じた。

 美月に降り掛る全ての災いは、私ひとりに降り掛れば良い。

 怪我も病も因果も、何もかもだ。

 この先に受けるのは、私ひとりでよい。私なら、何とでもなる。

 しばらくそんな事を思って、ゆっくりと立ち上がり、静かに拝殿を出た。

 何か余韻のようなものを感じながら、とぼとぼと休憩所に向かって歩く。

 そこには白い壁の不釣り合いな新しい建物が、大きく陣取っていた。