「そろそろ中に入ろうか」

「美月はね、まだ木をみてる」

「そうか。ならお父さんは家に入って、美月に冷たい麦茶を持ってくるよ」

「うん」

 美月はもう、オリーブの木の方を見ていた。


 ◇


「ただいま」

 私は誰もいない家の中で、そんなことを口にした。

 真っ直ぐに台所へ行き、戸棚から薬を取り出すと、掌に錠剤を開け、口に放り込んだ。傍らにあったコップは、水道水で満たした。

 歯をくいしばって、ゴクリと錠剤ごと喉に流し込む。余りの激痛に、いきなり涙が吹き出た。喉を通った後にも、痛みが残り、呻き声をあげた。

 少し落ち着いたところで、冷蔵庫の中から麦茶の入ったピッチャーを取り出し、取っ手のついた透明なプラスチックのコップに注ぐ。

 台所からリビングを通して、大きなガラス戸からオリーブの木が見えた。
 美月が触っているのか、また、サワサワと枝が揺れている。

「美月、よく冷えた麦茶だよ」

 ガラス戸を開け、美月の姿を探す。麦茶の入ったコップは、すぐに細かい水滴でいっぱいになった。

「美月、どこだ?」

「……ねぇ、おとうさん」

 声はすぐ後ろから聞こえた。振り返ると、美月が玄関からリビングを覗いていた。

「なんだ。中に入っていたのか。ほうら、冷たい麦茶だよ」

「おとうさん……」

 美月は私が差し出した麦茶を、手にしようとしなかった。ただ、じっと、私を見ていた。

「どうしたんだ?」

 しゃがんで目の高さを合わせると、美月は私の持っていた麦茶を受け取った。