「おとうさん、あれは?」

 美月が後ろから、指差した。私の目には既にそれが見えていた。

「あれか? 工事だよ」

「ううん、ちがう」

「アレか?」

「うん。あれ」

「フフフ。アレはね、ウチのシンボルツリーだよ」

 塀の外側のど真ん中にしっかりと植えられたスマートな木を指差したかったのだが、自転車を立ち漕ぎをしているため、私はハンドルから手を離せなかった。

「しんぼる、つりー?」

「そうだよ。シンボルツリー。オリーブの木なんだ」

 これもまた、周囲から目立つ位置に植えられている。自転車を家の前に止めて、美月の腰を持って、木の前に降ろした。

「ほら、見てごらん。立派な木だろう?」

「わあー」

 美月は両手を広げて、自分の背丈の3倍以上もあるオリーブの木を仰いだ。オリーブの葉は、そよ風に揺られ、サワサワと音を立てて、小さな娘を出迎えた。


「ちゃんと実がなるんだよ。オリーブの実がね。何年も掛るけど」

「それ、おいしいの?」

「そうだな。うん。実がなる頃には、美月も美味しいって言うよ」

「えー、わかんないよ」

「そうだね。難しかったね」

「さわってもいい?」

「いいさ。美月の希望も詰まってるから」

「美月のキボウ?」

「そうだよ。未来なんだ」

 私は手のひらでオリーブの木を優しく撫でた。美月は美月で、私の膝辺りの木を、優しく撫でた。

 それにしても、満足のいく工事の仕上がりだった。こちらの注文通り、キッチリとこなしている。いや、それ以上に頑張ってくれたようだ。
 妻が好きな植物をあしらった門構えや、外壁。そしてこのオリーブの木と、申し分なかった。