それは、どこか、悶々とした毎日から始まった。

 うだるような暑さに耳をつんざく蝉たちの鳴き声が、まるで熱湯の噴き出すシャワーのように容赦なく降り注ぐ。その蝉が折りなすアーチの連なりを、私は避けるように腰を屈(かが)め、頭を低くしてくぐり抜ける。

 雨がざっと降れば、涼しくもなるのだろうが、今度はじめじめするので、これはこれで、いけない。

 娘の美月は、仏教系の私立の幼稚園に通っている。その娘を自転車の後部座席に乗せて、私は慣れない道のりを力を込めて進む。
 ひび割れたアスファルトの地面に細い前輪がめり込んでは、きいきいと悲鳴のような、情けない声を上げた。

「お父さんは、今日は会社をお休みだから、幼稚園まで美月と一緒だからな」

 息を切らしてペダルを漕ぐ私に、嬉しそうに微笑む美月。男の子と見間違うような短い髪がよく似合う。まんまるい顔が、もっとまんまるくなった。

「美月は制服が似合うよね。幼稚園の制服もお似合いだよ。それに、肌が白いね。お父さん、頑張って美月に日焼け止めを塗ったから、白いまんまで大人になれるよ」

 呼吸すらままならない自分が、なに馬鹿な事を言っているのかとも思ったが、何か話さないといけないような気がして、私は何度も振り返る。
 自転車のスピードは、腹立だしいほど愚鈍で、首から提げていた幼稚園の入園証明が、その都度、捩れた。

 そんな私に、足をジタバタさせて、やはり嬉しそうに微笑む。美月がはしゃぐので、自転車はバランスを崩し、よれよれに進んだ。