「小説の中の王子様みたいなやつが存在するか。……男は皆オオカミなんだよ」


お互いの息遣いを感じられるほどの距離で。

時間が止まったように、俺達は視線を絡ませ続けた。

すると、すぐにでも奪えそうな唇が小さく動く。


「……だから、こんなふうにできるの?」


震える声に、ドキリとさせられた。

一瞬冷静さを取り戻す。けど、今さら引き返すこともできない。

強張った表情を崩さない俺に、ナノは無理やり明るく笑おうとする。


「そうだよね……! オオカミじゃなきゃ、好きでもない地味女を押し倒したりなんて、できないもんね?」


瞳を泳がせながら、わざと茶化したように言う彼女に、胸がぐっと苦しくなった。


……わかってる。

今言ったことも全部、琉依に嫉妬したからだって。

好きじゃなきゃ、こんな面倒臭いことしねぇよ──。


それを正直に伝えられたらラクなのに。


「……わかってんじゃん」


俺の口は、本心とは真逆なことをつむぐ。

自分が言ったことを肯定されたナノは、切なげに瞳を揺らした。

何でそんな、悲しそうな顔するんだ……。