ただいま帰りました。

誰も来てませんか?あゝ、それは良かった。あんまり外が暑いので、溶けてしまいそう。溶けても綺麗さっぱり無くなるのならいいけれど。打ち水まいてまいります。良かったら、水羊羹召し上がります?

九弦堂の、ザッハトルテっていうんですか?あれを買ってきてほしいって、信明が。そりゃ並びましたよ、この炎天下。けど、やっぱり古めかしい昔人間からしたら、濃い緑茶にあうのは水菓子でしょう?少し足を伸ばして買ってまいりましたの。

なんせ、大切なお客さんを出迎えますからね。

わたし、3日前から楽しみで眠れませんのよ。一体、息子の信明が、どんなお嬢さんを連れてくるのか、緊張と僅かばかりの不安。信明がお嬢さんを連れてくるのは初めてですもの。けれどね、それを早苗さんたちに言ってしまったんです。

奥野早苗さんは、同級生です。

もう何年の付き合いになるかしら?女学校時代だから、かれこれ40うん年。他に箕田牧江さんと、服部和津さんも居るのだけれど、早苗さんが1番に出てくるのは、きっと貴方もお会いしたら分かると思うわ。

その早苗さんが私に言ったの。

「最初が肝心。舐められたら終わりよ」って。

牧江さんと和津さんも頷いてたけど、2人とも控え目だから「最初に上下関係を植え付けるのよ」って目を剥いて話す早苗さんを遠い目で見ていたわ。私だって、そんな群れに放たれた猿じゃあるまいしって、言葉にはしないけど。そんなこと言おうものなら、早苗さんは顔を真っ赤にして怒るでしょうね。

「だいたいミッちゃん、舐められるから」

そう言う早苗さんが1番、私を舐めてるって、私は気付いてるけど、知らない振りしています。それが、私だから。