お数珠が見つかりません。先週、立花さんのお通夜で使って確かこのお仏壇の引き出しにしまっておいたはず。お線香の煙りが揺らめく間から、わたくしのお姑の厳しい眼差しが刺さります。

立花さんは、お台所で亡くなりました。二世帯住宅の、お嫁さんがご在宅のその一階のお台所で、一人分のおうどんを拵えている最中だったそう。お琴の教室でよく出来たお嫁さんを誉めそやしていたのに。

わたくしの嫁はというと___。

数珠を頭に嵌めようと引っ張っているではありませんか。

「返しなさい」

周波数を合わせるコツを信明から教わりましたの。

ほら、ミルキーはぴたっと止まって、私の顔色を窺います。何色だろう?これを放り投げていい色か、捨て去ったほうがいい色か、どちらにせよ最後は叩きつけるのだけれど。

天使の輪っかのように、お数珠が悲鳴を上げております。

「返しなさい」

同じ言葉を繰り返して、決して先に視線を逸らしちゃダメなんだ。

信明の言いつけ通り、その真っ黒な目ん玉を見つめます。吸い込まれるように、真っ黒で、いつも憂いでいる、嫁の瞳。

嫁は力を抜き、お数珠が元通りになったので息をついた瞬間、また力の限り引き延ばすではありませんか。

そうやって姑の私を試すことが多々あります。

「返しなさい」

再び力を抜き、入れ、抜き、入れを繰り返し、とうとう我慢しきれなくなったのでしょう。お数珠は、猿の頭上で弾け飛びました。

嫁も逃げていきます。

その足の速さといったら、もう。

お数珠を一つ一つ拾い集め、しかしこの手が有るのだから、合わせて願えば、天に召されていくことでしょうか。

え?誰が亡くなったのかって?

あゝ、主人です。

つい一昨日。

わたくしが殺したんですの。

嫁と一緒に。