「わからないが。
 なにか困っている風ではあったな。

 なにかから逃げて此処に来たんだったのかもしれない。

 あのときは、俺も自分のことで立て込んでいて、よく話を聞いてやれなかったから」
と申し訳なさそうに言う。

 そりゃ、立て込んでもいただろう。

 会長の隠し子であることがわかって、社内での立場が大きく変わってしまったのだから。

「じゃあ、私の顔見るの嫌だったでしょう?

 課長がそんな風に思っていたのなら」

「なんでだ?」

「だって、そんなことのあとで、似てる私が現れたら、亡霊かと思うだろうし。

 結婚してくれなんて言われたら、なんか企んでると思いますよね」

 夏目は溜息をつき、
「だから、言うほど似てないだろうが」
と言った。

「言わなかったか?
 俺はお前の顔の方が好みだ。

 確かに、なにか企んでるんじゃないかと思ったが、それは、お前があいつの血縁者だからというより、急に、そんな幸運が降って湧いてくるわけがないと思ったからだ」

「こ、幸運ならあったじゃないですか。

 会長の孫だって……

 ああ、貴方には幸運じゃないですよね」

 静かに仕事している方が好きな人だから。