翌日、式は始まった。拍手の中、私は、憧れだった純白のウェディングドレスに身を包み、着飾って、新郎と腕を組んで、薄暗い会場の中をスポットライトを浴びて登場した。待ちに待ったこの瞬間。これまで、感じるだろうと思っていた、友人たちへの優越感はなかった。ただ、幸せだった。

式の途中、会場のドアがぎいと開いて、こちらを誰かが見つめているのに気付いた。

元彼だった。

私は、無視した。だが、なぜ彼がここに??不快な気持ちに、お色直しの隙に、私は会場の外に出た。彼は、ブラックスーツに身を包み、ドライフラワーを手にしていた。それは、私が初めて彼にプレゼントした花束だった。ドライフラワーになるまで、彼が持っていたとは知らなかった。

「なんのつもり」

私は、忘れていた怒りが噴き出るだろうと思っていた。なじるだろうと思っていた。しかし、声は穏やかで、心の波も一瞬うねったが、すぐに元に戻った。

「俺が、『星乃夜』だ」

「な…なんですって??」

私は、顔面から血の気が引いていくのを感じた。

「お前が、俺を本当に愛していないんじゃないか、とずっと思っていて、苦しかったんだ。ただ、結婚したくて恋してる。そんな風に見えてさ。それで、別の女が好きになったといって、別れ話を持ち掛けた。でも、本当に俺を愛してくれているとわかったら、そのときはどんなことをしてもお前を手に入れると誓ってた。でも、お前のブログを見つけて、恐る恐る例のコメントをした。やっぱりな、と思った。でもさ、俺、それでもお前が憎めなかったんだよ。別れ話をして傷つけたのは事実だから、ちゃんと幸せになってほしい、それまで『星乃夜』として、応援しようと決めた。そして、ここに来て、お前の晴れ姿を見ることができて、俺は満足だよ。おめでとう、真梨香」

彼は、静かに礼をした。そして、震えている私に、ドライフラワーを差し出した。

「お前の心だ。確かに在った、俺たちの時間の記憶。返すよ。そして、俺も新しい恋を始めるから、心配するな。幸せになってくれよ」

どこなの、真梨香、と母が呼ぶ声がした。式が、遅れてしまう。私は、目にいっぱい涙をためていたが、後ろ髪を引かれる思いで彼に背を向けた。

「ありがとう」

それだけを言い残して、ドライフラワーをしっかりと持ち、私はその場を駆けだした。ウェディングドレスに、透明な涙の雫が零れ落ちた。

確かに在った、元の彼氏との記憶。そして、夫となる今の彼との愛。

愛されていた、愛される私は幸せだ。晴れの舞台に、真珠の涙のイヤリングが、きらりと揺れた。


 (了)