シクシク……シクシク……。

ああ、もうちょっと寝かせて……昨日は、飲み過ぎて頭が痛いんだから……。

シクシク……シクシク……。

「ああ、もう!!なんなのよ!!」
 
私は、耳を掠めて二日酔いの頭をかき乱す泣き声に、「ブチ切れて」叫んだ。同時に、目はぱっちりと。
今日は休みだから、ゆっくり寝ようと思っていたのに。どこから聞こえてくるの、この泣き声……。


と、思ったら、部屋の中、しかも私のお気に入りのソファの上に、しょぼくれたおじさんが座り込んで泣いていた。

不審者!!

「ぎゃーっ!!」

「どうした、朱里(あかり)!!」

女らしさのかけらもない、私の叫び声に起こされて、隣の部屋から、婚約者の静也が、ドアをぶち壊す勢いで入ってきた。ありがたいけれど、ドアは壊さないでね。

「そ、そこに、不審者が」

「ほんとだ。戸締りはしっかりしていたはずなのに……」

戸締りのことを心配する婚約者。いい夫になれることだろう。

「あんた、何者だ?警察を呼ぶぞ」

静也は、不審者に鬼の形相で迫る。不審者は、シクシク泣く声を止めて、泣いて赤くなった目で私たちの方を見た。

「わたくし、不審者ではございません。わたくしは、6月でございます」

春は変態が多いというが、6月にも変態か。私はげんなりした。静也も同じくだ。不審者は語り続ける。

「わたくしは、暦さまから家出してまいりました。嘘だと思召すなら、そこの暦をめくってみてくださいませ」

私は、「6月」と名乗る不審者の、自信に満ちた口調に、しぶしぶ立っていって、部屋のお気に入りのカレンダーを繰った。

6月はなくて、5月の次に7月が来ていた!!

「え……ちょっと、あなた、本当に6月さん?」

証明されては、信じるしかない。「6月」のおじさんは、語り続けた。

「そうでございます。わたくしは、由緒正しき水無月の、6月でございます」

「で、その6月さんが、なぜ家出を?」

「実は……わたくしは、悲しい思いをしてまいったのでございます。6月は、休日がないということで、人々に疎まれてまいりました。唯一のイベントの父の日も、5月さまの母の日に比べたら、さっぱりでございます。それで、こんなわたくしなど、いらないのだと思いつめ……」

確かに、「6月」のおじさんが言うのも一理ある。だが、だがしかし、である。私と静也はこの6月に結婚式を挙げる。いわゆる「ジューン・ブライド」にあやかってのことだ。これは、なんとしても「6月」のおじさんを説得して、カレンダーに戻ってもらわねばならない。

「でもね、『6月』さん、あなたは結婚式ではひっぱりだこよ」
「本当でございますか!!」

「6月」のおじさんの、死んだ魚のような目が、きらりと光を取り戻した。

「そうそう、6月に花嫁になると、『ジューン・ブライド』といって、女の子の憧れなのよ。だから、あなたにはカレンダーにいてもらわないと困るわ。私だって、ここにいる静也と、6月に結婚式を挙げるのだから」

「そ、それは初耳でございました。ああ、わたくしを必要としてくださる方々がいらっしゃるとは……たいへんうれしゅうございます!!」

「6月」のおじさんは、興奮してきた。その目はらんらんと光り、ちょっとアヤシイおじさんになってきたので、私たちはこのあたりで、交渉を持ちかけた。

「で、カレンダーに戻っていただけるかしら?」

「もちろんでございます!!ああ、6月人生において、これほどうれしいことはございません!!わたくしにも、お役目があったのでございますね。まことに、ありがとうございました!!」

そう言い残すと、「6月」のおじさんは、すっと消えた。私たちが、慌ててカレンダーをめくると、「6月」は、ちゃんと5月と7月の間に存在した。二人とも、安堵のため息をついた。

私たちは、6月に結婚する。だが、今の心配は、またぞろ「6月」のおじさんが、落ち込んでカレンダーから抜け出てこないかというものだ。

無事に、「ジューン・ブライド」になれればいいのだが。

(了)