言いたくても言えない


こんな時以蔵さんだったらどうするんだろう


「以蔵さん…」


夜、あたしは皆さんが寝静まった頃部屋を抜け出して庭に出ていた


庭にある大きな岩の上に座り月を見上げた


「以蔵さん…」


髪飾りを握りしめ、名前を呼んだ


けど、当たり前のように以蔵さんの声は帰ってこない


聞こえるのは


『鶫、どうしたんだ?』


あたしにしか聞こえない幻聴だけ


それが余計にあたしを虚しくさせる


「…い、ぞうさ、んっ…」


ポロポロと涙が出てくる


『泣き虫』


「…ふぇ…。」


あたしは本当に泣き虫だと思う


「うっ…っ、…ぐす。」


止まらない暖かい雨が降り続ける
目からも
心の中も


沢山、沢山雨が降る


「これから、…ど、うやって、生きて行けばいいのですか…」


以蔵さん、あたしはもう生きるのに疲れました


以蔵さんが隣にいない生活はいらない
以蔵さんが隣にいない世なんていらない


「もう…嫌、だ…」


あたしは髪飾りを投げ出そうと腕を挙げた


ピィーーーー


「……っ、……ら、籟様…」


聞き覚えのある鷹の鳴き声が聞こえた


あたしはそれにピタリと体が止まった


腕をおろし、上を見上げた


1羽の鷹が月を背に高々と飛んでいた


「籟様!!」


あたしは夜空に向かって叫んだ

すると鷹がこちらに勢い良く降りてきた



「久しぶりじゃな、鈴鶫。…鶫と呼んだ方がいいのか?」


籟様はあたしの隣に止まった



「鶫と呼んで下さい。鈴という名はもう嫌です。」


「そうか。」


「…籟様、以蔵さんの居場所は何処か知りませんか?」


「記憶が戻ったんじゃな。」


「ええ、つい最近ですけど。出来れば忘れたままが良かったですね。」


ははっと、あたしは渇き笑いをする