ニコルさんがピンと人差し指を立てた。
「そろそろ本題に入ろうか。ミユメちゃん、このバイトの内容はもう聞いてる?」
「いえ、特に何も」
「じゃあ、説明するよ。このステージは、実はまだ配信されていない。テスト版の状態なんだ。プログラムは、ほぼ完成してるんだけどね。ボクたちがやるべきことは、テストプレイだ」
「テストプレイ、ですか。じゃあ、プログラムにバグがないかとか、ストーリーに違和感がないかとか、調べるんですね?」
「そう。それから、道徳面や倫理面の基準をクリアしているか、という点もね。ピアズにおいては、R18相当の暴力描写や性描写はアウトだから、表現がきついと感じたら、ミユメちゃんには正直に意見を言ってもらいたい」
「なるほど。よりよいゲーム環境を構築するためのテストプレイなんですから、責任重大ですね。頑張ります!」
 ニコルさんは穏やかな笑顔で説明を締めくくった。
「難しい仕事じゃないんだ。普段どおりにプレイして。気付いたことをレビューしてくれるだけでいい」
 ちなみに、とラフ先生が付け加えた。
「この『誠狼異聞』というステージのシナリオを書いたライターは若いんだぜ。執筆当時、十五歳だった。ピアズ公式シナリオオーディションの入選作だよ。期待の若手シナリオライターのデビュー作ってわけだ」
 シナリオオーディションのことは、アタシも知っていた。応募しようかなとも思った。でも、短編部門でも最低四万字。アタシにとっては、多すぎる字数だった。
「十五歳でシナリオを書けるなんて。しかも、それが入選するだなんて。すごい人もいるんですね」
 ラフ先生が、アタシのおでこを指先で弾いた。
「何言ってんだよ? 歌姫ミユメだって、十分以上にすごいだろうが」
「う、唄は、その、試しにオーディションに出たら、たまたま、管理部のかたに気に入っていただけただけで」
「本当にたまたまそのときだけっていうんなら、次々リリースできやしねえって。新曲も制作中なんだろ?」
「あ、はい」
「ミユメの実力だよ。楽しみにしてるからな。ってことで、とりあえず、おしゃべり終了。お出ましみたいだぜ」
 パラメータボックスに、警告の赤字が躍っている。
 WARNING!!
 危険が近付いてきている。ステージでの新しい冒険開始直後は必ず、それなりに強い敵とのバトルがある。このステージのレベルは最高《ハイエスト》。手強い敵が多いのは確かだけれど。
「変身―ドレスアップ―!」
 フィールドがバトルモードへの切り替わると同時に、エコーのかかったアタシの声が響く。
 アタシは敵になんか負けない。
 赤いネクタイがキラキラ輝いて、ピンク色の大きなリボンになる。ブレザーのそでの形が変化して、パフスリーブとロンググローブになる。
 しゃらしゃらと、鈴の音のように軽やかな効果音。流星群をイメージした、特別仕様のBGМ。
 ウェストにはシースルーのリボンが結ばれて、ヒラヒラとなびく。シンプルなチェックのスカートの下には、いつの間にか、フリルたっぷりのパニエ。ハイソックスとローファーが消えて、代わりに、宝石飾りが付いた白いブーツが現れる。
 七秒間のムービーだ。リボン状の光がくるくる躍って、アタシの衣装がチェンジする。キラッ☆ とした効果音で変身完了。
「歌姫ミユメ、可憐に顕現☆」
 あ、つい、やっちゃった。ラストのセリフはスキップできるんだけど。
 ラフ先生もシャリンさんもニコルさんも、アタシを見ていた。じーっと見ていた。アタシは、さすがに気まずくなってしまって、照れ隠しに笑った。
「バ、バトルの準備、できました」
 ピアズに唄システムが組み込まれて、そろそろ半年。公式ソングを十曲配信したら、変身ムービーが付与されるという、歌い手だけの特典がある。アタシは前作『失恋ロジカル』で、その条件をクリアした。
 というわけで、バトルの前にはいつも、魔法少女らしいコスチュームへの変身ムービーを楽しんでいるのだけれど。
 人に見られるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいというか。
 いきなりスイッチが入ったように、あるいは我に返ったように、ラフ先生が大声を上げた。
「すっげぇ! カッコいいじゃん!」
「そ、そうですか?」
「いいな、変身ムービー! くーっ、うらやましい! おれもほしいな。歌い手以外への特典にもならねぇかな?」
 ラフ先生がはしゃいでいる。カッコいいって言われたこと、今までなかったな。くすぐったい気持ちになる。
 ニコルさんは、「うわぁ……」と繰り返していた。じーっと見つめられる視線が、何ていうか、えっと。
 シャリンさんがため息をついて、ニコルさんの脇腹に肘鉄を食らわせた。ぐえっ、と呻いて沈み込むニコルさん。
「ミユメ、気にしないで。ニコルの趣味は若干そっち系だけど、無害だから」
「そっち系って何ですか?」
「画面の中の美少女に萌えちゃう系」
「はぁ……そう、なんですか」
 クールな顔立ちでセクシーな雰囲気なのに。三人のまとめ役みたいな印象なのに。何ていうか、人は見かけによらないんですね。