「…何でもありません。」








首を振ってから、私は人の波をまた見つめる。








こんな風に誰かと一瞬にいて、居心地が良いと思ったのは生まれて初めてだった。







……だから、戸惑ってもいる。









「………そうか。」






また煙草を吸い始める天野さん。








その姿は、やはり美しい。








何も知らない天野さんの事。





時々、天野さんが挨拶されている時に漏れ聞こえてくる“きょうさん”ってフレーズで、何となくせれが下の名前なんだって思ってる。








当たってるかどうかは勿論、私からは聞いてない。






…………年齢も天野さんが何者なのかも、私からはこれからも彼に聞くつもりもなかった。