ふと、辺りを見渡せば、傍にいたはずの彼女がいない。傍からいなくなっていた。

 玄関には彼女が履いている桃色のハイヒール。それは彼女がまだワンルームのどこかにいる証拠。

 台所には彼女の作りかけのオムライス。ケチャップ……に見えていた血が散乱しているのは、彼女がさっきまで“生きていた”証拠。

 ふと、辺りを見渡せば、傍にいたはずの彼女がいない。傍からいなくなっていた。

 それは大きな間違いだ。恥ずかしいことに、情けないことに、僕は根本的に認識を間違っていた。


 ――彼女は僕の傍にいる。


 ずっと、ずっと、ずっと。

 これから先、僕が死ぬまで、ずっと。いや……もしかしたら、僕が死んでも尚、傍にいると言ってもいいのかもしれない。それとも、僕が“傍にいる”と思い続けている限り、それは傍にいるも同然なのかもしれない。

 少なくとも、時刻的に彼女は今、僕の傍に――僕の、胃袋の中にいる。

 これから僕を形作る栄養として、肉として、血として生まれ変わり、彼女は僕の身体の中で永遠に生き、僕を支え続けるのだ。

 ああ、そうだ。そうだった、彼女のことだから、僕の行いを笑って許してくれたんだっけ。


「ふっ……あはは」


 彼女とずっと傍にいられることが嬉しくて、笑いがとまらない。


「あははは!あはは……はは、は……っ」


 ついでに何故か涙もとまらない。


「あー……」


 何はともあれ……彼女、美味しかったです。


 End.