辺りは木々が生い茂り、遠くから吹くやわらかな風によって生まれる森の音が心地良かった。
(こんな夢を見たのは、きっとこの森の匂いのせいね)
十年前、当時九歳だったステラが迷い込んだのは、この森だった。
疲労と安心からぐっすりと眠り、
目が覚めると父と母が心配そうに自分を見ていたことをかすかに覚えている。
結局、あの時助けてくれた男性が誰だったのか、未だにわかっていない。
漆黒の髪に、青みがかった黒色の瞳。
今ならば思い出せるかと思ったが、
やはりどんなに思い巡らせても、過去の記憶とともに消え去っていることがわかっただけであった。
* * * * *
青空が群青色に変わろうとしていたとき、
ステラ一行は今晩宿泊する宿にたどり着いた。
森の奥にある小さな宿だったが、城へ続く道の途中にあることから、外交などで他国から訪れる文官たちがよく利用する宿あり、
その影響からか、古びた様子もなく、かといって森に不自然な佇まいでもない、
ラズラエザの文化を感じさせられるような温かみのある宿。
女将もその宿に似合った老女であった。
「まあ殿下。長旅ご苦労様でした。明日からも長い距離を移動するのでしょうから、ゆっくりと部屋でお休みくださいませ」
「お気遣いいただきありがとうございます」

