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 人里離れたヴィトックスという森の中で、異様な気配を察して家から出てきた魔女が空を見上げた。その赤紫の長髪が夜風に揺れる。

「…シュリ?」

 シュリ・ヴァールズ。ここ、ヴィトックスで最も永い時間を生き、そして魔力も最も強い魔女だ。そのシュリに声を掛けた紺の目の持ち主、シュリの恋人でもあるシャリアス・ウドリック。彼もまた彼女と同じく魔力をもつ者である。

「シャリアス、見ろ。龍だ。肉眼で確認できる。」
「…龍…なんだってこんなところに…。」
「ジアの気配だ。」
「龍の上に乗ってるってこと?」
「…つまりは、あの龍は城から来たということになる。…城で何かあったな。」

 シュリは城の方角を見つめた。ジアの気配が凄まじいスピードで遠ざかっていく。

「キースの気配は一緒じゃないの?」
「…ジアのものだけだ。大方想像はつくがな。」
「え?」
「城でも城下でもどこでもいいが、そこではキースが魔法を使えないだろう。」
「…なるほど。」
「龍の血を引くものがいる、という話は耳にしたことがある。龍だけではなく、他の生き物の血と人間の血が混ざった者たちが身を寄せ合い生きる場所がある、とも。」
「シュリの知識は尽きないなぁ、本当に。」

 龍の後ろを追いかける、小さな鳥。それを見てシュリは小さく笑った。

「…なるほどな。」
「何がなるほど?」
「生意気にもキースのやつ、使い魔なんか使いこなしている。」
「使い魔!?魔力の消耗がすごいって…。」
「まぁキースの魔力もなかなかのものだ。おそらく今は重症だろうが。龍相手に人間としてじゃ歯が立つわけがない。」
「代わりに使い魔ってわけか。」
「音と風の使い魔。遠距離にも耐えられる。こういう事態を想定して会得したのかもしれん。」
「…さすがだね、キースは。」
「さて、私たちも準備が必要だ。」
「呼ばれるね、これはさすがに。」
「ここで私たちを呼ばないほど、キースはバカではない。」