「ありがとう、突き放さないでくれて。」

 潤んだ瞳が洋一を見つめた。理性を試されていることは、苦しいくらいにわかっている。

「好きな女突き放す男、どこにいるわけ?」

 こんなセリフをサラリと言えたら、どんなにいいだろうとそんなことを思っても、心拍数は上がる一方だ。どうにかつっかえなかっただけ、自分を褒めたい。
 洋一はそっと、明季の頭に手を乗せた。その瞬間に、びくっと震える肩に洋一も驚いた。警戒されているわけではないことは、明季の言葉からもわかる。それでもこうなってしまうのは、明季が言いかけたことの中に答えがあるのだろう。

「…嫌いじゃないの。洋一のこと。」
「うん。」

 そんなの、わかってる。嫌われていたらきっと、こうして家まであげてもらっていないだろう。それに、手を振り払われていてもおかしくはないはずだ。明季がこうして必死に言葉を紡いでいるのは、今自分が触れたその瞬間に身体を強張らせてしまったことへの謝罪にも聞こえた。

「…だから、頑張る、約束。」

 一瞬だけ、目が合った。

「頑張る約束?」

 明季が頷いた。

「…洋一の隣に、いてもいい自分になれるように…頑張ってみたい、…かな。」

 震える声に、抱きしめたくなる衝動に駆られた。それでも、それは今の明季を怖がらせてしまうことだとわかっているからできない。
 だから、一瞬だけ触れさせてほしい。正直言って、我慢ができない。
 そっと、明季の頭に落としたキス。びくっと身体が動いたことに傷つかないわけではないけれど、それでも明季が頑張りたいと言ってくれた。そのことが、自分の中のストッパーを壊しにきている。

「…んじゃ、それを見守るよ。」

 明季が許す限り、傍にいたい。傍に置きたいと、思う限りは。